第30回 写真『ひとつぼ展』審査会レポート
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第30回写真『ひとつぼ展』
公開二次審査会 REPORT
頭が真っ白になって撮った9才年下の妹
その切羽詰った写真が決選投票で票を集めた
■日時 2008年2月21日(木)18:00〜20:30
■会場 リクルートGINZA7ビル セミナールーム
■審査員
大迫修三(クリエイションギャラリーG8)
〈50音順・敬称略〉
■出品者
〈50音順・敬称略〉
■会期 2008年2月18日(月)〜3月6日(木)
「十人十色のバラエティに富んだ作品」「ポートフォリオと展示作品の印象が違う」
立ち見を含めた一般見学者で超満員となった、第30回写真『ひとつぼ展』の公開二次審査会場。あと2時間半後には節目
となる写真部門30代目のグランプリが決定する。ガーディアン・ガーデンの展示スペースで審査員の質問に緊張しなが
ら答えていた出品者10名が会場に姿を見せた。その後から5人の審査員が入場し席に着く。1年後の個展開催の権利をか
けて、いよいよ審査会の幕が開いた。出品者が自身の写真にたいする思いを語ったプレゼンテーションの概略は以下の通
り。
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澄
子供のころ、何度も死のうと思ったことがある。しかし、生きていたから今ここに立ってい
る。生きてさえいれば、亡くした人も思い出すことができる。だからこそ、アウシュビッツや
ヤスノバッツで不条理に殺された人たちを思うと憤りを感じる。そういった場所を旅して写真
を撮った。
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中村
都市周辺でスナップショットを撮ってきた。見慣れた街の中で目を閉じてみれば、自分が何か
を見ていたことに気付く。私の目と指とカメラが調子っぱずれにモノを捉える。その中では、
光と闇も、幸せと不幸せも、私には同じように見えてくる。そんな曖昧さを写真にしたいと思
った。
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中井
子供たちとたくさんの時間を過して、私は大人なのだと思った。そして、子供の世界にはもう
入れないと感じた。子供たちが何を考えているのか、わからないので写真に撮ってみたが、撮
れば撮るほどわからなくなる。答えが出ない感じを出したくて中央を開けた展示にした。
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中山
生きることは、悲しく、美しく、楽しい。この世には残酷な事件や争いもあるが、僕が撮る写
真には写っていない。世界の終わりとは、僕にとってひとつの桃源郷だったのかもしれない。
被写体は光みたいに絶対的な存在だから、こんなに素敵な人たちがいればカメラを向けずには
いられない。
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奥出
僕には、9才年下の妹がいる。幼いころに母を亡くした僕たちは二人仲よく育った。そんな僕
たちも大人になり、ある日、妹がキャバクラで働いていることを知った。僕は衝撃を受け、頭
の中が真っ白になった。そして、精神的な距離を埋めようと、彼女を写真に撮った。
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たかはし
飼っていたネコが死んだ。優しかった人が交通事故で突然亡くなった。会いたい人がいる。行
きたい場所がある。大切だと伝えたい人がいる。暗闇を明るくする音楽がある。何も考えなく
ていいくらいの圧倒的な星空を見たことがある。目を凝らせば、未来のかけらが散らばってい
る。
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林
いくつもの短い旅をしてきた。カメラ1つに大量のフィルムをバッグにつめて、ひたすら歩い
て、考えて、写真を撮る旅だ。写真を見た人が「ここではないどこか」を感じてくれれば、と
思う。わかったようなフリをせず、言葉では表せないものを写真で表現したい。
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岸田
目的やコンセプトをもって写真を撮っているのではない。写真であれ、絵画であれジャンルで
あるからには、批判精神が必要だと思った。目的論的に写真を撮るのではなく、感性だけで撮
るのでもなく、ただ与えられたものを受け入れて、総合的な判断を悟性でやるしかない。
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長岡
この作品のテーマはファンタジー。日常と地続きのところにあるファンタジーを取り出すため
に写真を撮っている。それは自分がコントロールできるものではなく、やってくる対象に反応
して撮るべきもの。自分の理解の枠を超えたいと思って、そういうふうに撮ってみた。
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都筑
私にとって写真を撮る行為は、素材を採取する感覚に似ている。日常の中で風景やものが発す
る“気配”をフィルムに焼きつける。空間に配置するときは、モチーフよりも断片のイメージ
の喚起が出発点となる。今回は波紋が広がっていくような作品を意識した。
全員のプレゼンテーションが終ったところで、各審査員に全体的な感想を述べてもらった。進行役を務める大迫さんは「十人十色のバラエティに富んだ作品が集まった。今回の審査は難しいと思う」と激戦を予想。平木さんは「すごく強烈なインパクトのある作品はなかったが、一人ひとりの個性が際立っていた。だれがグランプリになってもいいと思う」とレベルの高さを強調する。安田さんは「初めて審査するが、みんな一人ひとり特徴があって、この中から1人を選ぶのは難しい。自分も写真を撮っている人間として、みんなの頑張りは心強く思える」と絞り切れない。金村さんは「ポートフォリオと展示作品ではずいぶん印象が違う人が多かった。それがいいかわるいかというのは、また別問題だが、すごくバラバラな印象を受けた。そして、みんな詩的な感じが新鮮だった」と感心しきり。原さんは「展示を見て、わからなくなった。そして、本人のプレゼンテーションを聞いて、またわからなくなった。だから、ポートフォリオをもう一回、見直している。プライオリティをポートフォリオに置きたいと思う」と迷っている様子。
「すごく不思議な距離感」「撮る必要がある写真だと思う」
全体評に続いて、出品者の10人にたいして意見の交換が行われた。まずは澄さんの作品について。平木さんが「いままでになかったタイプの作品。ドイツ、クロアチアの歴史的なモニュメントをスケール感たっぷりに撮ったドキュメンタリー写真に、ある種の感動をおぼえた」と評価すれば、金村さんは「こういう場所に興味を持って写真を撮りに行くというのは、おもしろい人間性だと思う。ただ、小さなオートフォーカスカメラを使って大型カメラのような撮り方をしている点は気になる。もっと身体性を出せたはず」と写真の撮り方に疑問符。安田さんは「自分が美しいと思うものを追求する姿勢がおもしろい」と支持し、大迫さんも「彼の写真はスッと心に入ってきた。テーマを探して外に出ていく姿勢は貴重」と同意見。続いて中村さんの作品について。原さんが「展開力がすばらしい反面、もう少し写真に説得力がほしい」とフットワークを評価すると、平木さんも「日常性にたいする切り込みが感じられる」とおもしろがる。一方、「性能のよいデジタルカメラで撮った写真は、弱く見えてしまう」とは金村さん。安田さんも「デジタルではない写真を見てみたいという気にさせる」と可能性をさがす。中井さんの作品について。大迫さんが「初めてポートフォリオを見たとき、単にかわいい子供の写真ではなかったところが不思議な距離感に思えて印象的だった」と述べれば、平木さんは「不思議な写真だと思ったが、本人に会ってみるとおもしろい人だった」と意外顔。安田さんは「ポートフォリオの作品のほうが伝わってきた。本人は子供にいちばん近い人だと思う」と写真のチョイスに注文を付ける。原さんも「ポートフォリオに比べると展示が見劣りしたが、すごくよい作品」と同意見。「流行とか意識していないところがいいと思う」と評価するのは金村さん。中山さんの作品について。安田さんが「展示作品よりもポートフォリオの写真のほうがおもしろいと思った。世界が広がる感じ」と展示写真の選び方に言及。「大胆に失敗しているところがいい」とは金村さん。「本人に会ったら混乱した。確信犯?」とは原さん。奥出さんの作品について。大迫さんが「この作品も中井さんと同じでモチーフとの距離感が不思議な写真。彼女かと思っていたら妹だった」と言えば、平木さんは「このヒューマンドキュメントは、わかる気がする。技巧がない直球の写真」と一途な気持ちを評価。金村さんは「撮っている本人が飛んでいると思う。切羽詰った感があって、撮る必要のある写真だと思う」と本人のキャラクターを分析。原さんも「写真のセレクトがうまい」と認める。たかはしさんの作品について。開口一番「僕は好きな写真」と原さんが推す。金村さんは「写真はいいと思うが、展示と写真が合っていない」と展示方法に苦言を呈し、平木さんが「撮影の方法論はいいと思う。かなり新しい試みだ」とチャレンジ精神を評価する。林さんの作品について。金村さんが「4段掛けのきっちりした展示はどうか。写真よりも構図に目が行ってしまう」と展示を問えば、平木さんが「僕はこのマニアックな写真と展示が好き」と反対意見。安田さんは「よくわかる分、将来どうなるのだろうと思う」と心配し、「この中では王道に近い写真」と大迫さん。岸田さんの作品について。「ある種の矛盾を感じるところが心地いい」と金村さんが言えば、「彼の写真論はすばらしい。それにしてもユニークな作品」と平木さん。安田さんは「好きな写真。ただし、世の中に伝えようと思えば写真がすべてなので、このままでは思想までは伝わりにくいかも」と評価はするが……。長岡さんの作品について。原さんが「写真に説得力がある。完成されている」と評価すれば、平木さんは「わからなかった」と言い、金村さんも「おもしろい写真だが、この先の広がりが気になる」と評価に苦しむ。「展示はうまいと思う」とは安田さん。都筑さんの作品について。平木さんが「展示では余白の使い方がうまかった」と褒めると、原さんは「ポートフォリオのレイアウトもすごいと思った」と衝撃を受けた様子。大迫さんが「写真はすごくいいと思った。画面全体で感じるものがある」と同調すれば、「一点一点の写真は強い。しかし、こんな小さな展示では惜しい」と金村さん。
「選ぶのは難しい」「中井さんも奥出さんも両方見てみたい」
一人ひとりの出品者にたいする感想を聞き終わったところで、各審査員がグランプリ候補を3人ずつ選ぶことになった。各審査員から「選ぶのは難しい」との声が上がる。そして、結果は……
金村/中井 奥出 岸田
原 /中山 たかはし 都筑
平木/奥出 岸田 都筑
安田/澄 中井 林
大迫/中井 奥出 林
これを集計すると、
中井/3票 奥出/3票 岸田/2票 林/2票 都筑/2票 澄/1票 中山/1票 たかはし/1票
予想通り票が分かれる。大迫さんが「順当なら3票の中井さんと奥出さんで決選投票ですが、その他で推したい人がいれば言ってください」と各審査員に訊ねる。そこで、金村さんが「岸田さんを推したい」と推薦すると、票を投じた平木さんも「岸田さんもいいと思う」と賛成。「それでは応援演説をお願いします」と大迫さんが促し、金村さんが「岸田さんの硬質な感じがおもしろい。彼の論理もわかる」と力を込める。続いて安田さんは「中井さんも奥出さんも、どちらも一年後に見たい。難しいですね」と決められない様子。平木さんは「岸田さんという評論家的な目も捨てがたいし、奥出さんのヒューマニティあふれる真っすぐな写真にも興味がある」と絞り切れない。大迫さんは「中井さんも奥出さんも両方見てみたいが、奥出さんがわずかにリードしているかも」と五十歩百歩。ここで大迫さんが「明快な意見がでないので、中井さん、奥出さん、岸田さんの3人で決選投票を行いたいと思います」と決断して、各審査員に挙手を求める。結果は……悩みに悩んだ安田さんが最初の投票とは意見を変え奥出さんに票を投じて、
中井/原さんの1票
奥出/平木さん、安田さん、大迫さんの3票
岸田/金村さんの1票
「はい、奥出さんが3票を獲得。妹さんの写真を作品にした奥出さんがグランプリに決まりました。おめでとうございます」と大迫さんが宣言。会場から拍手がわき、奥出さんが「まさかグランプリに選ばれるとは思っていなかったので、今は頭が真っ白。憧れの賞だったので、選ばれた以上、今後一年間自分の写真を追求していきたい」と決して力強くはないが意志を感じさせる声で挨拶して、公開二次審査会が終了。
「一生の宝ものになると思います」
審査会が終わった後で、3票を獲得し最後まで奥出さんとグランプリを競った中井さんに聞いた。「やっと終わったという感じです。今まででいちばん、写真のことを深く考えた期間でした。終わった今、やはり悔しいですが、このテーマで今後も撮り続けていきたいです」と答えて笑った。そしてもう一人、最終決戦まで進んだ岸田さんに聞いた。「一瞬、グランプリかなと思いました(笑)。今回、伝わる人には伝わるという手ごたえを感じました。プレゼンテーションがわかりにくかったのは今後の反省材料です」と収穫を口にする。澄さんは「審査員の方のコメントが的確で、本質をズバリ言ってもらった感じです。全力を尽くしてやりきったので、次に進もうという気が出てきました」と自分の新たな方向性を見出した様子。中村さんは「プレゼンテーションは緊張したけど、貴重なコメントを聞けてよかったです。他の人の作品を見ることができて、おもしろかったです」とサバサバとした表情。中山さんは「“わからない”というコメントが印象的でした。いろんな人に作品を見てもらって、世の中からどう評価されるかということがおもしろかったです。自分が撮りたいものはそんなに変わらないと思います」とこのテーマでの続編を約束してくれた。たかはしさんは「今回は私の力量では精いっぱいやりました。展示の仕方など参考になりました。初めてのコンペでしたが楽しかったです」と次回のリベンジを誓う。林さんは「2回目の出展ですが、一年前より成果がありました。現時点でやるべきことはすべてやりました」と納得顔。長岡さんは「自分の作品は他の人に比べてアクがなかったように思います。展示やプレゼンテーションは初めてのことなので、うまくいったかどうか自分ではわかりません」と次の挑戦をにらむ。都筑さんは「私が考えていたことは実現できました。でも、写真の一点一点をもっとちゃんと見てもらえるような工夫を
しなければ。“焼きの黒”からはじまる写真が私の特徴なので、そこに見る人が吸い込まれるようなプリントを意識していきたいです」と考えながら答える。そして、見事グランプリを獲得した奥出さんに聞いた。「最後までどうなるかわからなかったので、ドキドキしました。選んでいただいた以上、これからもがんばりたいと思います。今回は、まだプロローグ。一年後の個展でこの表現を完成させたいという気持ちがあります。この結果は、一生の宝ものになると思います」と前を見据えて語ってくれた。頭が真っ白になって撮ったという9才年下の妹の写真。これから妹としっかり向き合ったとき、その表現はどんな宝ものへと変わるのだろうか。
<文中一部敬称略 取材・文/田尻英二>